『海事交通研究』(年報)第65集を発行しました。
|
≪序文から≫
当財団の創始者である山縣勝見は1958年から14年間、日本海洋少年団連盟の会長を務めましたが、その就任挨拶で「日本国民が、祖国日本を守って生きて行くためにはどうしても海に生き、海にその発展の活路を見出すほかはないのであります。(中略)今後この日本海洋少年団をして、諸外国におけるように、海国日本を象徴するにふさわしい立派な国民的団体として発展せしめたい、そしてこの海洋少年団を中心として海洋精神の国民的な盛り上りを期待する運動を展開して行きたい。」と子供たちに広く海のことを知ってほしいという思いを込めた抱負を述べております。
ほぼ60年も前に山縣勝見が考えていたことが現在ではどの様に受け継がれているのでしょうか。例えば「海の日」の前後には日本船主協会や各海運・造船・港湾会社・商船学校などが子供たちを中心とした青少年や一般の方々を対象に日本各地で外航船や造船所、港湾施設の見学会・体験教室やシンポジウムなどの行事を実施して少しでも海運や船員の重要性を知ってもらう努力を続けています。今では「海の日」だけではなく年間を通して色々なイベントを開催し、その広がりが全国に拡大しています。この様な地道な努力を継続することによって海への理解が更に進むことを切に期待します。
前述の「海の日」についてですが、その由来を正確に答えられる人がどの位いるでしょうか。海事関連に携わる我々は別にして、子供たちや一般の国民はなかなか的確に答えられないのではないでしょうか。
ここで一つ提案があります。それは、メディアの力を借りて毎年「海の日」にテレビ・ラジオニュース番組の中で『今日は「海の日」で国民の休日です。1876年明治天皇の東北地方巡幸の際、灯台巡視の汽船「明治丸」によって航海をし、7月20日に横浜港に帰着したことにちなみ1941年に「海の記念日」として制定され、1996年から7月20日が「海の恩恵に感謝し、海洋国家の繁栄を祝う」との趣旨により祝日「海の日」となりました。また、2003年から7月の第3月曜日となり、三連休化されております。なお、明治丸は東京商船学校の練習船として使用され、現在は東京海洋大学 越中島キャンパスに重要文化財として保存されています。』・・・と、この程度の解説をアナウンサーが読み上げる事を是非して欲しいものです。実際に耳と目から入る情報は少なからず皆の記憶に留まるのではないでしょうか。
さて、今年も『海事交通研究』第65集を皆様にお届けいたします。
本図宏子氏の「愛媛県海事クラスターにおける集積効果とその発展について」では海事産業が盛んな愛媛県に対象を絞り「海事クラスター」を巡る現状及び政策について、産業連関分析等により考察を行っています。本論文は第64集に日本海事センターの同僚3名共著で寄稿された「海事クラスターの歴史分析」の執筆者の一人による続編です。
松本守先生の「海運事業者におけるダイバーシティ効果の実証研究」では海運事業者をサンプルに用いて、延べ1,200人を超える取締役の個人データを調査し、コーポレート・ガバナンスの指標の一つと考えられる「取締役会のダイバーシティ」が企業パフォーマンスに与える効果を回帰分析し、海運事業者にとってダイバーシティが有効かどうかを検証しています。
松尾俊彦先生の「小型内航船の課題と内航業界の構造問題」では近年の内航業界での主課題である船員の高齢化と船舶の高齢化への対応にあたり、7割を占める499G/T以下の小型内航船における船員不足を解消するために、その課題を整理し、何故小型内航船が必要とされるのか、何故運賃や用船料が改善されないのか、更に小型内航船輸送の陸上転換や大型船への転換など効果的な改善策について検討しています。
水野英雄先生の「日本へのクルーズ客船の寄港とカボタージュ規制」ではより一層の市場の拡大にはクルーズ客船のカボタージュ規制の緩和を行う必要があり、その結果、欧米のようなフライ&クルーズが可能になればインバウンドの増加に貢献し、寄港地への経済波及効果は大きく、地域経済の活性化につながり、また、クルーズ市場が拡大すると指摘しています。
神田英宣先生の「ギニア湾の海賊対策-国際協力と課題-」では近年海賊が常態化している中西部アフリカのギニア湾の海賊の実態と課題を明らかにし、日本がギニア湾を結ぶ海運を守るためにどのように関与すべきかを念頭に入れながら、沿岸国のみならず国際的な協調の中で、日本が海洋の安定化に注いでいるノウハウを地域のニーズに応じて提供できると示唆しています。
鈴木暁先生の「食品輸入に関する他法令規制と港湾の検査機能」では近年、増加傾向を辿っているわが国の食品・農産物の輸入の特徴を概観し、食品等の輸入通関業務の際に必要な他法令規制業務についての特徴と意義を考察し、特にわが国の食の安全・安心の観点からTPPとの関連にも言及しています。
苦瀬博仁先生の「ロジスティクスからみた災害時の緊急支援物資供給とBCPの課題」では、今後想定される大地震に備えるために、災害とロジスティクスについて示したうえで、政府の緊急支援物資供給の課題と企業のBCPの課題を示し、さらに長期的な課題について検討されており、防災対策を考えるうえで貴重な提言となっています。
この様に海事関連での広範囲にわたる貴重な内容の論文を掲載できましたこと、執筆者の皆様に厚く御礼を申し上げるとともに、来年度も沢山の応募が寄せられることを期待しております。
最後になりますが、今年は山縣勝見没後40年の年になります。
そこで当財団のホームページより「山縣勝見の生涯」と、終戦後わずか5年、当時48歳にして日本船主協会会長の職にあった山縣勝見による、日本海運の再建がわが国経済復興の絶対的条件である理由と復興への道筋について記した「日本経済の復興と海運再建の重要性」(1950年3月発行の復刻)を掲載いたしましたので是非お読みいただきたいと思います。
2016年12月
一般財団法人 山縣記念財団
理事長 小林 一夫
12月21日発行後、海事関連の研究者の皆様や企業、団体並びに公立や大学の図書館に配本しました。関心をお持ちの方は、下記の「お問い合わせフォーム」から、又はお電話にてお申込み下さい。
又、本誌をお読みになってのご感想・ご意見なども是非お寄せ下さい。
一般財団法人 山縣記念財団
お問い合わせフォーム
TEL(03)3552-6310
≪目次≫ | |
序文 | 小林 一夫 |
(山縣記念財団理事長) | |
愛媛県海事クラスターにおける集積効果とその発展について | 本図 宏子 |
((公財)日本海事センター研究員) | |
海運事業者におけるダイバーシティ効果の実証研究 | 松本 守 |
(北九州市立大学経済学部准教授) | |
小型内航船の課題と内航海運業界の構造問題 | 松尾 俊彦 |
(大阪商業大学総合経営学部教授) | |
日本へのクルーズ客船の寄港とカボタージュ規制 | 水野 英雄 |
(椙山女学園大学現代マネジメント学部准教授) | |
ギニア湾の海賊対策 -国際協力と課題- |
神田 英宣 |
(防衛大学校防衛学教育学群准教授) | |
食品輸入に関する他法令規制と港湾の検査機能 | 鈴木 暁 |
(元広島商船高等専門学校教授) | |
ロジスティクスからみた災害時の緊急支援物資供給とBCPの課題 | 苦瀬 博仁 |
(流通経済大学流通情報学部教授) | |
【特集:山縣記念財団創始者 山縣勝見没後40年記念記事】 山縣勝見の生涯~サンフランシスコ講和会議まで~ |
当財団ホームページから |
日本經濟の復興と海運再建の重要性 | 山縣 勝見 |
(日本舩主協會會長=当時) |
執筆者紹介
山縣記念財団からのお知らせ
≪執筆者紹介≫
(掲載順)
本図 宏子(ほんず ひろこ)
大阪大学経済学部卒業。London School of Economics修士課程修了(地域経済学専攻)。国際協力銀行を経て、国土交通省入省。2014年より(公財)日本海事センターに出向。研究分野は、公共経済学、海運経済。論文に「LNG輸送の動向とパナマ運河拡張の影響」(共著)、「海事クラスターの歴史分析」(共著、本誌第64集、2015年)、「一帯一路構想下における中国海運業の動向」がある。また、日本海事新聞に「マレーシアの海運事情と拡大する中国の影響」、「中国ワールド・シッピング・サミットに参加して~経済減速期における中国海運業界の動向~」(2015年)、「中国海運業発展のキーワードは「連携強化」-新生COSCO初主催のワールド・シッピング・サミット参加報告」(2016年)等を寄稿している。日本海運経済学会所属。
松本 守(まつもと まもる)
九州大学大学院経済学府博士後期課程を単位取得退学の後、九州大学博士(経済学)を取得。九州産業大学商学部専任講師を経て、現在、北九州市立大学経済学部准教授。専攻はコーポレート・ファイナンス、コーポレート・ガバナンス。主要論文は、「海運事業者のコーポレート・ガバナンスと企業パフォーマンス」(共著、2016年日本海運経済学会「学会賞・論文の部」を受賞)、「ソフトな予算制約問題と第三セクターのパフォーマンス-運輸分野を対象とした実証分析-」(共著、2014年日本交通学会「学会賞・論文の部」を受賞)、や“The dark side of independent venture capitalists: Evidence from Japan”(共著)など。所属学会は、日本海運経済学会、日本交通学会、公益事業学会、日本ファイナンス学会、日本経営財務研究学会、日本ディスクロージャー研究学会など。
松尾 俊彦(まつお としひこ)
東京商船大学大学院商船学研究科博士後期課程修了。広島商船高専助教授、富山商船高専助教授、東海大学海洋学部教授を経て、現在、大阪商業大学総合経営学部教授。博士(工学)。専門分野は物流論(インターモーダル輸送、内航海運)。海運へのモーダルシフトの研究を進める中、港湾のあり方にも関心を持つ。近年の論文として「内航海運における船舶管理の在り方に関する一考察」、「内航海運における船員不足問題の内実と課題」、「内航RORO船・フェリー市場の棲み分けと競争に関する一考察」などがある他、『内航海運』、『交通と物流システム』などの共著作がある。当誌には、「日本の港湾政策に関する一考察」(第59集、2010年)、「内航コンテナ輸送の拡大に関する一考察」(共著、第63集、2014年)と過去に2度寄稿。2007年日本物流学会賞受賞。日本物流学会、日本港湾経済学会、日本海運経済学会、日本交通学会、日本航海学会、日本沿岸域学会、IAME、内航海運研究会所属。
水野 英雄(みずの ひでお)
名古屋大学大学院経済学研究科博士課程後期課程経済学専攻退学。愛知教育大学教育学部助手、講師、准教授を経て、現在は、椙山女学園大学現代マネジメント学部並びに大学院現代マネジメント研究科准教授。専門は、国際経済学、経済政策、貿易政策、教育政策、経済教育で、海事関連では「アジアにおけるクルーズ客船市場」を研究テーマとし、主要論文に「中部地域の観光産業における名古屋港の役割-クルーズ客船による経済波及効果-」があるほか、農産物貿易、経済教育や教員養成などに関する多数の著書、論文、研究・教育活動がある。2013年第1回経済教育学会賞(教育実践部門)受賞。所属学会は、日本経済学会、日本経済政策学会、日本国際経済学会、経済教育学会、日本グローバル教育学会、経済教育ネットワーク、金融経済教育研究会、応用観光研究会、日本観光学会、日本港湾経済学会中部部会、日本人口学会。
神田 英宣(かんだ ひでのぶ)
慶応義塾大学理工学部卒業。民間企業を経て海上自衛隊入隊。艦艇勤務(護衛艦、砕氷艦、輸送艦)、海上自衛隊幹部候補生学校教官、防衛庁防衛政策局BMD研究室、統合幕僚会議事務局第5室、海上幕僚監部防衛部、第1術科学校生徒隊長、防衛研究所政策研究部を経て、2013年から防衛大学校防衛学教育学群戦略教育室准教授。専門分野は海洋安全保障。主な論文に、「中西部アフリカの海洋安全保障-沿岸諸国と欧米の戦略目標の実行-」、「インドの海洋安全保障-インド洋ブルーウォーター戦略の課題」、「島嶼をめぐる安全保障-英亜の対立再燃と今後の動向」、「フランスの南太平洋戦略-海洋をめぐる地域安定の役割」がある。所属学会は国際安全保障学会、日本防衛学会、日本島嶼学会。
鈴木 暁(すずき ぎょう)
法政大学社会学部卒業。神奈川大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。(財)日本関税協会、(財)港湾労働経済研究所、東芝情報システム㈱勤務の後、広島商船高等専門学校で助教授、教授を経て、その後、港湾職業能力開発短期大学校で定年まで教鞭をとり、同退職後は日本大学商学部、中央大学商学部、静岡産業大学で非常勤講師を務めた。『国際物流の理論と実務』(単著)、『現代物流概論』、『現代の内航海運』(以上共著)などの著書及び「フォワーダーの限界と可能性」、「海貨業における3PL導入の可能性と課題」、「港湾管理権をめぐる国と地方自治体」、「輸入穀物の港湾検査とTPP」、「海貨業の現状と課題−総合物流業へ向けて」(当誌第57集、2008年)などの論文がある。所属学会は、日本港湾経済学会、日本海運経済学会、日本物流学会、日本貿易学会。元山縣記念財団評議員。
苦瀬 博仁(くせ ひろひと)
早稲田大学大学院理工学研究科博士課程(建設工学専攻)修了。工学博士。日本国土開発㈱技術研究所研究員、東京商船大学商船学部助教授、教授、東京海洋大学海洋工学部教授(2009年~2012年まで理事・副学長)を経て、2014年より同大学名誉教授、流通経済大学流通情報学部教授。専門分野は、ロジスティクス、物流、流通システム、交通計画、都市交通計画、物流施設計画、物流の歴史的分析等。主著は『ロジスティクスの歴史物語』(2016年住田物流奨励賞)、『都市の物流マネジメント』(2007年日本物流学会賞)、『ロジスティクス概論』など。政府・自治体の審議会、外国招待講演、国際会議や政府・国際援助機関への技術協力等にも多数参加。所属学会は、日本物流学会(前会長)、日本計画行政学会(副会長)、日本都市計画学会、日本沿岸域学会、土木学会、日本航海学会、日本海運経済学会等。2007年より山縣記念財団評議員。
(敬称略)