『海事交通研究』(年報)第71集を発行しました。

  12月15日発行後、海事関連の研究者の皆様や企業、団体並びに公立や大学の図書館に配本しました。配本先図書館等はこちらからご覧下さい。
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≪序文≫

 本年も、『海事交通研究』第71集をここにお届けいたします。
 執筆ならびに査読をいただいた先生方にお礼を申し上げます。
 本年も、現在話題になっているテーマを中心に、全編「自由テーマ」で論文等を募集しましたが、「自動運航船」の法的アプローチの関連については合計四編が寄せられ、海運界ならびに社会の関心の高さを伺わせました。

 先ず、最初の藤原(森田)氏の「海上衝突予防法7条「衝突のおそれ」認定における法的課題―船舶の技術革新と「新たな衝突の危険」の法理の関係を中心に―」も、海上衝突予防法における「衝突のおそれ」に関する法解釈上の問題を、自動運航船の出現に合わせて解決していく必要性を提言しています。
 畑本氏の「内航船員の働き方改革に関する一考察―内航船員の働き方改革において目標とすべき予備員率―」は、近年整備された内航船員の働き方改革に関する法令をベースに、内航海運業界における船員の働き方改革の効果検証を行うための判断基準として、船員の予備員率と休暇日数との関係に焦点を当て、働き方改革の実効を上げるための考察を行っています。
 井上氏の「ラサ島(沖大東島)での鉄筋コンクリート突堤の建設―リン鉱石積出施設の技術的特徴と技術の源流―」は、戦前の南洋地域で建設された港湾をはじめとしたインフラ建設の歴史的意義と全体像について明らかにする研究の一環として、ラサ島(沖大東島)をはじめとした大東諸島に建設された港湾設備の詳細と技術的特徴について明らかにしています。
 瀬田氏の「海洋プラスチックごみに対する国際法規範の展開―海上での規制から陸の規制へ―」は、2015年に国連が採択したSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の目標のひとつである14「海の豊かさを守ろう」に基づき展開されている、海洋プラスチックごみを始めとした海洋汚染に対する国際法秩序を構築する際に、「海が陸を支配する(海から陸を見る)」という視点を用いることを提案しています。
 坂巻氏の「自動運航船と国連海洋法条約上の旗国の義務」は、自動運航船が国連海洋法条約上の旗国の義務に対しどのような影響を与えうるのかを明らかにするため、旗国が自動運航船に対しその義務を履行する際に生じうる問題について検討しています。
 久保氏の「海上保険者から見た自動運航船に関する法制度のあり方」では、海上保険者の本来の立場を「技術的側面と規律的側面における保険引受の前提条件が一定程度固まった段階で、その抱えるリスクを正確に把握し、保険商品の設計や損害対応スキームの構築に確実に取り組むこと」との認識を示したうえで、自動運航船の実用化の初期段階において、社会的コストの増大を伴うことなくその実用化による利益をわが国の社会全体に浸透させるためには、どのような法制度が望ましいか、海上保険者がどのような保険商品を提供し得るかについて検討しています。
 下山氏の「「自動運航船」の導入に伴う沿岸国の課題―法執行の観点を中心に―」は、通航中に沿岸国法令に違反する可能性が存在するため、沿岸国当局として、「自動運航船」や「無人運航船」に対してどのように法執行を行い、そして、誰にかつどのように法的責任を問うのかについて考察しています。
 青戸氏の「日本海運集会所の海事仲裁」では、船舶建造、船舶売買、傭船契約といった海事商取引にかかる紛争解決手段である海事仲裁について、わが国の常設海事仲裁機関としての日本海運集会所のご担当者として、その手続きの歴史と近時の傾向をまとめていただきました。
 海部氏の「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト―海洋進出のはじまりをさぐる―」は、人類進化学者である同氏が2016年に国立科学博物館のスタッフ等を率いて起ち上げ、2019年7月、台湾から与那国島への実験航海成功により大団円を迎えた「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」についてまとめるとともに、人類史における「海の開拓史」について考察しています。
 柴崎氏、松田氏、川崎氏共著の「海運DXの推進における産官学連携のあり方―2021年度日本海運経済学会全国大会における統一論題の議論を踏まえて―」では、各企業の業務プロセスの改善やビジネスモデルの変革、ひいては社会全体の変革をめざすデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に当たって、どのように産官学連携を進めて行くかについて、一学会内の提言に留めず、広く産官学で共有することを試みています。

 現在、海運を取り巻く世界情勢の変化には、著しいものがあります。
 本年は、新型コロナ・ウィルスの終息がいまだ見えないことに加え、2月にはロシアのウクライナ侵攻があり、世界中の物流がひっ迫し、物価が高騰し、人々の日常生活、経済に大きな打撃を与えました。
 先行き不透明な世界情勢の中で、海運界を始めとした産業界や各国政府、そして社会全体が、今最も注目し、共通の行動規範に据えているのは、先に記載したSDGsの「持続可能な」17の目標だと思われます。環境の悪化や経済や政情の不安、戦争の危機などを越えて、人類が平和に共存していくためには、ここに謳われた17の目標をさらにブレークダウンした具体的な実行策を、ひとつひとつ前に進めていくことが効果的と思われます。

 この『海事交通研究』の来年の号でも、今後の海運界の発展のための、そうした「持続可能な」ご研究についてのご寄稿を期待しつつ、最後になりましたが、皆様のご健康とご発展とをお祈り申し上げます。

2022年12月
                           一般財団法人 山縣記念財団
                            理事長    郷古 達也

 

≪目次≫

序文 郷古 達也
≪研究論文(査読付き)≫
海上衝突予防法7条「衝突のおそれ」認定における法的課題
―船舶の技術革新と「新たな衝突の危険」の法理の関係を中心に-
藤原(森田)紗衣子
内航船員の働き方改革に関する一考察
―内航船員の働き方改革において目標とすべき予備員率―
畑本 郁彦
ラサ島(沖大東島)での鉄筋コンクリート突堤の建設
―リン鉱石積出施設の技術的特徴と技術の源流―
井上 敏孝
海洋プラスチックごみに対する国際法規範の展開
―海上での規制から陸の規制へ―
瀬田 真
自動運航船と国連海洋法条約上の旗国の義務 坂巻 静佳
海上保険者から見た自動運航船に関する法制度のあり方 久保 治郎
≪研究ノート≫
「自動運航船」の導入に伴う沿岸国の課題―法執行の観点を中心に― 下山 憲二
≪特別寄稿≫
日本海運集会所の海事仲裁 青戸 照太郎
3万年前の航海 徹底再現プロジェクト―海洋進出のはじまりをさぐる― 海部 陽介
海運DXの推進における産官学連携のあり方
―2021年度日本海運経済学会全国大会における統一論題の議論を踏まえて―

柴崎 隆一/松田 琢磨/川崎 智也
 

執筆者紹介
山縣記念財団からのお知らせ
   

 

≪執筆者紹介≫

(掲載順)
藤原(森田) 紗衣子(ふじわら(もりた) さえこ)
 神戸商船大学航海科卒業 三級海技士(航海・機関当直)。神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了 博士(海事科学)。研究分野は、海上衝突予防法を中心とした航法解釈、海難審判及び船舶事故調査報告書における事故事例の検証。主な論文に、「日本における航法の権についての考察―横切り船の航法及び雑種船の航法より―」、「『船員の常務』解釈の変化についての一考察―『早期の行動』導入の影響」、「『新たな衝突のおそれ』適用事例における『無難に航過する』の問題について」、「海上衝突予防法第17条第2項についての一考察」、「運輸安全委員会による事故調査報告書が及ぼす影響についての一考察―LNG船プテリ ニラム サトゥ LPG船サクラ ハーモニー衝突事件の分析を中心に―」がある。所属学会は日本航海学会、日本海運経済学会。

畑本 郁彦(はたもと ふみひろ)
 広島商船高等専門学校機関科卒業後、外航船員の経験を積んだ後、広島大学工学部に編入。その後、海事コンサルタント業、外航船工務監督、内航船員などの職に就く傍らNPO法人日本船舶管理者協会の理事・技術顧問、一般社団法人 海洋共育センターの特別顧問等を歴任。また、2017年に神戸大学大学院海事科学研究科博士課程を修了(海事科学博士)し、博士論文が2018年の山縣勝見賞論文賞を受賞。現在(2019年から)は、日本内航海運組合総連合会にて船員対策委員会・環境安全対策委員会の事務局業務を行っている。海事関係の資格等:一級海技士(機関)、二級海技士(航海)、海事補佐人。専攻:内航海運の船舶安全管理に関する研究。主な著書:内航海運概論(共著者:古莊雅生),2021年,成山堂書店。論文等:「内航海運とカーボンニュートラル」(『海と安全』No.593、2022年)、「船員法及び内航海運業法の改正について」(『海事法研究会誌』第251号、2021年)など。

井上 敏孝(いのうえ としたか)
 奈良大学文学部史学科卒業。兵庫教育大学大学院(修士課程) 修了。兵庫教育大学大学院(博士課程) 博士号(学校教育学)を取得。兵庫教育大学(現在に至る)及び姫路大学等での非常勤講師等を兼ねつつ、大阪の常磐会学園大学専任講師として、保育士・幼稚園・小学校・中学校の教員養成に携わり現在に至る。専門は、日本史・台湾史・アジア史・経済史・教科教育学関連。主な著書は、『日本統治時代台湾の築港・人材育成事業』(単著)・『日本統治時代台湾の経済と社会』 (共著)・『中国の政治・文化・産業の進展と実相』(共著)以上、晃洋書房・『軍港都市史研究 要港部編』清文堂出版 (共著)が、近年の論文としては、「昭南における港湾復旧・整備工事について」『土木学会論文集D2(土木史)』Vol.78、1号・「戦前の3大博覧会で建設された暹羅館」『タイ国情報』第56巻第5号等がある。

瀬田 真(せた まこと)
 2007年早稲田大学法学部卒業後、同大学大学院法学法学研究科、London School of Economics and Political Science の法学修士課程を修了し、2015年に早稲田大学より博士(法学)を取得。博士後期課程在学中に、早稲田大学比較法研究所助手として勤務(2013-2015年)。2015年より横浜市立大学准教授。これまでの主な著作として『海洋ガバナンスの国際法:普遍的管轄権を手掛かりとして』(三省堂、2016年)、「民間海上警備会社(PMSC)に対する規制とその課題-海賊対策における銃器使用の検討を中心に-」『海事交通研究』第61号 23-32頁(2012年)など。本誌掲載論文が2013年に山縣勝見賞論文賞を受賞。専門は国際法(特に海洋法)。日本国際法学会・日本海洋政策学会などに所属。

坂巻 静佳(さかまき しずか)
 東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)(東京大学)。静岡県立大学国際関係学部講師を経て、現在同大准教授。専門は国際法。国際海洋法に関する近著として、“Measures Against Non-Innocent Passage of Warships and Other Government Ships Operated for Non-Commercial Purposes,” Japanese Yearbook of International Law, Vol. 61 (2018)、「BBNJ新協定の地域漁業管理機関に対する影響」坂元茂樹他編『国家管轄権外区域に関する海洋法の新展開』(有信堂高文社、2021年)等。所属学会は、国際法学会、世界法学会、日本海洋政策学会等。

久保 治郎 (くぼ じろう)
 1986年京都大学法学部卒業後、東京海上日動火災保険入社。現在、同社フェロー兼コマーシャル損害部専門部長(法規・約款)。早稲田大学客員教授(海法研究所客員上級研究員)。2017年~22年日本海損精算人協会会長。万国海法会海上保険常設委員会及び共同海損常設委員会委員。日本海運集会所海難救助報酬斡旋委員長。国際海上保険連合Salvage Forum委員。日本海事センターIMO法律問題委員会委員。「共同海損-2016年ヨーク・アントワープ規則の採択」海法会誌復刊第60号(勁草書房2017年)他5論文で2017年日本海法学会・小町谷賞(実務家の部)受賞。近著として「逐条解説2016年ヨーク・アントワープ規則−共同海損の理論と実務」(有斐閣2022年)(単著)、「船舶保険の損害対応実務」(保険毎日新聞社2022年)(共著)。後者で2022年度住田海事奨励賞受賞。日本海法学会、日本保険学会に所属。

下山 憲二(しもやま けんじ)
 関西大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得後退学。修士(法学)。高知短期大学(准教授)を経て、2015年海上保安大学校准教授に就任し、2021年に教授。政策研究大学院大学連携准教授も併任。専門は、国際法(海洋法)、研究テーマは海洋の科学的調査、船舶の通航権。主要論文に、「海洋環境保護を理由とする無害通航の規制―沿岸国による海洋環境保護措置の拡大を中心に-」、「排他的経済水域におけるMilitary Surveyに関する一考察―国連海洋法条約第13部における海洋の科学的調査との相違をめぐって-」、「200海里を超える大陸棚における海洋調査活動―国連海洋法条約第246条6項が提起する問題―」がある。国際法学会、防衛法学会、日本海洋政策学会に所属。

青戸 照太郎(あおと しょうたろう)
 青山学院大学大学院法学研究科私法専攻博士前期課程修了。1997年社団法人日本海運集会所(現一般社団法人日本海運集会所)入所、2009年1月より同所仲裁グループ(現海事知見事業グループ)グループ長。2004年国土交通省海事局国内貨物課「標準内航運送約款検討委員会」委員、2005年国土交通省総合政策局複合貨物流通課「標準内航貨物利用運送約款検討委員会」委員、2018年国土交通省海事局内航課「標準運送約款及び標準内航運送約款のあり方に関する検討会」構成員、2019年国土交通省海事局内航課「登録船舶管理事業者評価制度検討会」構成員、2022年法務省法制審議会商法(船荷証券等関係)部会幹事。所属学会は、仲裁ADR法学会、日本海法学会。

海部 陽介(かいふ ようすけ)
 1969年生まれ。東京大学卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程を中退して1995年より国立科学博物館人類研究部にて研究活動を行い、2020年より東京大学総合研究博物館教授。人類進化学者 理学博士。化石などから約200万年におよぶアジアの人類史を研究している。クラウドファンディングを成功させ、最初の日本列島人の大航海を再現する「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」(国立科学博物館:2016-2019)を実行。2019年に、丸木舟で台湾から与那国島へ渡る実験航海を成功させた。著書に『人間らしさとは何か』(河出書房新社)、『サピエンス日本上陸』(講談社)、『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)など。日本学術振興会賞(2012)、モンベルチャレンジアワード(2016)、山縣勝見賞特別賞(2019)、日本航海学会航海功績賞(2020)、海洋立国推進功労者表彰(2021)などを受賞。
 
柴崎 隆一(しばさき りゅういち)
 東京大学工学部卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。博士(工学)。東京大学工学部助手、国土交通省国土技術政策総合研究所港湾研究部主任研究官、同国際業務研究室長、(一財)国際臨海開発研究センター研究主幹等を経て2017年より現職。この間、中国清華大学深圳研究生院(大学院)現代物流研究センター訪問研究員、京都大学経営管理大学院客員准教授なども務める。専門は国際物流・国際交通モデリング。財団法人時代は発展途上国の港湾開発プロジェクトにコンサルタントとして参画、年の半分程度を海外で過ごす。現在の主な研究テーマは、世界各地を対象とした国際物流シミュレーションモデルの構築、AIS等の船舶動静に関するビッグデータを用いた物流分析など。東アジア交通学会(EASTS)、国際海運経済学会(IAME)、日本海運経済学会等で論文賞を受賞。近編著に「グローバル・ロジスティクス・ネットワーク」(成山堂書店)、「Global Logistics Network Modelling and Policy: Quantification and Analysis for International Freight」(Elsevier)等。

松田 琢磨(まつだ たくま)
 筑波大学第三学群社会工学類卒業。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)(東京工業大学)。(公財)日本海事センター主任研究員を経て、現在拓殖大学商学部国際ビジネス学科教授。研究分野は海運経済学,物流(国際・国内)など。2014年度、2020年度日本物流学会賞(論文等の部)、2014年度日本海運経済学会賞(論文の部)、2021年度日本海運経済学会国際交流賞をそれぞれ受賞。その他 ‘Monopoly in Container Shipping Market: An Econometric Approach’(共著、2021年)、『新国際物流論 基礎からDXまで』(共著、2022年)等の著書/論文がある。所属学会は日本海運経済学会(常任理事、産官学連携委員長、編集副委員長)、日本物流学会(理事、編集委員)、国際海運経済学会(IAME)、日本経済学会、土木学会、日本交通学会、公益事業学会、日本クルーズ&フェリー学会。2021年5月よりNewsPicksプロピッカーも務める。

川崎 智也(かわさき ともや)
 日本大学理工学部卒業。アジア工科大学院工学技術研究科修士課程修了。東京工業大学理工学研究科単位取得退学。博士(工学)(東京工業大学)。(公財)日本海事センター研究員、日本大学理工学部助教、東京工業大学助教を経て、現在、東京大学講師。専門は港湾・海運計画、ロジスティクスで、東京都市圏総合都市交通体系あり方検討会委員。「コンテナ荷動き量に対する経済指標の影響の持続性」(共著)で2014年度日本物流学会賞(論文等の部)、「バルク貨物コンテナ化の決定要因について-北米/韓国・台湾航路における金属スクラップ輸入の分析-」(共著)で2014年度日本海運経済学会賞(論文の部)‘Optimization approach for modelling intra-port coopetition’(共著)でOCDI Takeuchi Yoshio Award for Logistics Research (Best Paper Award)(2018年)を夫々受賞。その他の論文は、‘Containerization of bulk trades: A case study of US–Asia wood pulp transport’(共著)、‘The effects of consolidation and privatization of ports in proximity: A case study of the Kobe and Osaka ports’(共著)等多数。所属学会は、土木学会、日本海運経済学会、日本物流学会、International Association for Maritime Economists(IAME)等。

                                                   (敬称略)