『海事交通研究』(年報)第64集を発行しました。
≪序文から≫
今年もノーベル医学生理学賞を大村智・北里大学特別栄誉教授、ノーベル物理学賞を梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長が受賞しました。私たち日本人にとって誇りでありこれほど嬉しいニュースはありません。ところで、当財団にも設立者の名前を冠して創設した「山縣勝見賞」があります。海運、物流、港湾、造船、海上保険及びその周辺分野での研究及び普及・発展に貢献された方々を顕彰し、その研究成果を表彰しています。ホームページや海事メディアを通じて広く募集し、毎年7月の「海の日」前後に贈呈式を行います。創設してから今年で8年目になりますが、受賞者の皆さんが受賞を大変喜んでくださる姿に接すると、当財団の活動が海事交通文化の発展に多少なりともお役に立っていると実感します。
嬉しい話がもう一つあります。当財団元理事の山岸寬先生(東京海洋大学名誉教授)が書かれた『海運70年史』(当財団70周年を記念して発行)が今年の日本海運経済学会賞(著書の部)、更に住田正一海事奨励賞を受賞しました。山岸先生は1971年に当財団の研究員からスタートされ、本年6月に退任されるまで評議員・理事として40年以上も当財団の事業運営に貴重なご意見を頂きました。先生の受賞を心よりお祝いしたいと思います。
※『海運70年史』をお手にされたい方は財団まで連絡いただければ進呈いたします。
さて、今年も『海事交通研究』第64集を皆様にお届けいたします。
今年の指定テーマの一つは【災害時の船舶利用】です。執筆をお願いした井上欣三先生は阪神淡路大震災時の体験をもとに船の機能的特徴-輸送機能・宿泊機能・生活機能-を活用し、民間船が無理なく可能な範囲で医療とタイアップして被災者の命を守る支援を目指そうとする『災害時医療支援船構想』を着想され、構想実現の最終ゴールのテープを切るためには、構想を進める組織体、国・地域の行政関係者、船舶所有者、海事関係者、医療関係者等により官民相互の連携協力が不可欠であると指摘されています。
もう一つの指定テーマ【海事産業における女性の活躍と推進】では北田桃子先生にお願いし各国の女性船員の状況、とりわけアジア諸国の状況など詳細に報告いただいたうえで、日本の女性船員を増やすための具体的な提言も頂きました。更に、逸見真先生の「わが国外航海運における女性船員の雇用-何故、女性船員の雇用は伸びないのか-」は海上における女性の勤務の厳しさ、中小船社での採用の難しさなど直面する問題が解りやすく整理されており、さらに女性船員が活躍するためにはどの様にすべきかを提言されています。船員を目指している女性や、海運企業の採用担当部に是非読んで頂き、女性船員が増加する契機になって欲しいと思います。
上野絵里子氏・本図宏子氏・松田琢磨氏の「海事クラスターの歴史分析」では最新情報をもとに海事クラスターの産業規模を過去と比較・分析されており、海事クラスターとは何かを知るうえで有意義な論文であります。尚、海事クラスターについては年報第50集(2001年)杉山武彦先生による「海事クラスターの概念とその周辺 ~概念と産業政策上の意義についてのノート~」以来の掲載となります。
手塚広一郎先生・石井昌宏先生の「不確実性下の海運市場の価格形成に関する研究動向とその課題」は不定期船市場におけるスポット市場とFFAなど先渡し市場の需要と供給の均衡においてリスクプレミアムを高度な数式を用いて分析を試みています。また、今後モデルの一般化により、他の分野にもこれが利用可能であると展開しています。
大河内美香先生の「感染症の制御における海港検疫と海運の位置-海上交通の安定を視座として-」は海上交通の発展とともに誕生・発展した感染症の伝播防止のための制度である検疫の現代的意義を考察し、海洋の秩序を守る方向性を示すことが出来るのは海運業に他ならないと論じています。
鶴田順先生の「排他的経済水域における「海洋の科学的調査」−沿岸国による「海洋の科学的調査」規制法の執行可能性に焦点をあてて−」は我が国周辺でも注視されている海洋紛争の中から「海洋の科学的調査」について、事案、条約、国際法理論と分かり易く纏められています。現在の南シナ海情勢を含めた海洋に関する国際状況の理解に大いに役立つ論文だと思います。
恩田登志夫先生の「港湾労働政策の変遷とその課題に関する一考察-港湾労働法制定後50年を迎えて−」は港労法の成立から現在に至るまでの経緯が明確に記述されており、港湾労働の形態変化をまとめた興味深い論文であります。また、港湾労働が量的要因から質的要因へ転換する中で、これから更に質の競争力を高め続けることの重要性を説いています。
王学士氏の「英国海上保険詐欺請求をめぐる最近の動向に関する一考察−「詐欺的手段」の利用を中心として−」は標準的な船舶保険約款の何れも「詐欺的手段」の利用に関する規定が置かれておらず、コモン・ロー上の規律に委ねられてきた中で、英国での新たな詐欺的請求を抑止するための法的アプローチについて実際の裁判例をとりあげて紹介した上で評釈しています。
若土正史氏の「保険記録簿から見たポルトガルのインド航路の海上保険について」は今まで無いとされていた中世ポルトガルの海上保険契約の取引記録がスペインのブルゴス古文書館に所蔵されていることを発見し、自らブルゴス古文書館まで出向き資料を整理・分析した著者の探究心には驚かされます。
この様に海事の広範囲にわたる貴重な内容の論文を掲載できましたこと、厚く御礼を申し上げるとともに、来年度も沢山の応募を頂きますようお願い申し上げます。
2015年12月
一般財団法人 山縣記念財団
理事長 小林 一夫
12月11日発行後、海事関連の研究者の皆様や企業、団体並びに公立や大学の図書館に配本しました。関心をお持ちの方は、下記の「お問い合わせフォーム」から、又はお電話にてお申込み下さい。
又、本誌をお読みになってのご感想・ご意見なども是非お寄せ下さい。
一般財団法人 山縣記念財団
お問い合わせフォーム
TEL(03)3552-6310
≪目次≫ | |
序文 |
小林 一夫 |
(山縣記念財団理事長) | |
【指定テーマ】 災害時における船舶活用 |
井上 欣三 |
(神戸大学名誉教授) | |
【指定テーマ】 海事産業における女性の活躍推進 |
北田 桃子 |
(世界海事大学助教授) | |
【指定テーマ】 わが国外航海運における女性船員の雇用 −何故、女性船員の雇用は伸びないのか− |
逸見 真 |
(東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科教授) | |
海事クラスターの歴史分析 | 上野 絵里子 |
((公財)日本海事センター 専門調査員) |
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本図 宏子 | |
((公財)日本海事センター 研究員) |
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松田 琢磨 | |
((公財)日本海事センター 研究員) |
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不確実性下の海運市場の価格形成に関する研究動向とその課題 | 手塚 広一郎 |
(日本大学経済学部教授) | |
石井 昌宏 | |
(上智大学経済学部教授) | |
感染症の制御における海港検疫と海運の位置 −海上交通の安定を視座として− |
大河内 美香 |
(東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科准教授) | |
排他的経済水域における「海洋の科学的調査」 −沿岸国による「海洋の科学的調査」規制法の執行可能性に焦点をあてて− |
鶴田 順 |
(海上保安大学校准教授) | |
港湾労働政策の変遷とその課題に関する一考察 -港湾労働法制定後50年を迎えて- |
恩田 登志夫 |
(港湾職業能力開発短期大学校横浜校能開准教授) | |
【判例評釈】 英国海上保険詐欺請求をめぐる最近の動向に関する一考察 −「詐欺的手段」の利用を中心として− |
王 学士 |
(東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程) | |
【研究報告】 保険記録簿から見たポルトガルのインド航路の海上保険について |
若土 正史 |
(神戸大学大学院経済学研究科博士課程後期課程) |
執筆者紹介
山縣記念財団からのお知らせ
井上 欣三(いのうえ きんぞう)
1968年神戸商船大学航海学科卒業後、日本郵船(株)入社。神戸商船大学で商船学修士、京都大学で工学博士を取得。神戸商船大学副学長、神戸大学大学院海事科学専攻長、神戸大学海事科学部学部長等を歴任し、現在、神戸大学大学院海事科学研究科名誉教授。主に、海上交通工学、港湾計画、操船に関する分野において安全評価、安全管理に関する技術開発を中心に多くの業績を残している。日本航海学会優秀論文賞受賞7回、TransNav2007国際会議においてベストペーパー賞、住田正一海事奨励賞(2011年)を受賞。現在は「災害時医療支援船プロジェクト」を日本の医療界(医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会)、透析医療界と連携して取り組んでいる。国際的にはIAM U(国際海事大学連合)の設立に貢献し、活動のコンセプトを提案した。本誌第54集、第56集への寄稿他数多くの論文、著作がある。日本航海学会(会長を歴任)、日本船舶海洋工学会、土木学会、英国王立航海学会等に所属。
北田 桃子(きただ ももこ)
神戸大学海事科学部(航海学)卒業。三級海技士。2010年英国カーディフ大学で博士号(社会科学)取得。2011年より世界海事大学(スウェーデン・マルメ)、現在助教授。専門分野は、女性船員を含むジェンダー論、船員文化、ヒューマンエレメント、海事教育訓練、Eラーニング、海事エネルギー管理、船員の労働・福祉問題、環境問題など。“Maritime Women: Global Leadership”の編著者であり、IMOの女性支援政策に専門家として協力。世界海事大学女性協会の事務局も務める。『海運』(日本海運集会所)への寄稿「EU海運政策」、「日本はEUから何を学べるか」の他、最近の論文には‘Managing People and Technology: The Challenges in CSR and Energy EfficientShipping’(2015年)がある。又、朝日地球環境フォーラムの分科会「漁業国日本の凋落とサカナの危機、海をどう守る?」(2015年)に登壇し、ノルウェーの漁業の成功例を紹介。
逸見 真(へんみ しん)
1985年東京商船大学商船学部航海学科卒業後、筑波大学大学院において、ビジネス科学研究科企業科学専攻課程企業法コース(後期博士課程)を修了。博士(法学)。一級海技士(航海)。新和海運(株)船長を経て(独)海技教育機構海技大学校講師、准教授、同行練習船船長を歴任し、2014年より東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科海洋工学系教授。研究分野は、国際法における海洋法を中心とした法的問題(国家責任、国家管轄権、海上違法行為、国際船員の人権保護、海洋環境の保護等)、船員、船舶に関する海法、諸法研究。2009年山縣勝見賞(論文賞)を受賞した博士論文『便宜置籍船論』(信山社発行)をはじめ多くの論文があり、本誌へは、第58集、第59集、第62集に次いで4度目の寄稿。日本航海学会、国際法学会、日本海法学会、総合人間学会、日本コンラッド協会、日本海事史学会所属。2015年より山縣記念財団評議員。
上野 絵里子(うえの えりこ)
学習院大学法学部卒業。同大学政治学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。メーカー勤務を経て、2013年より(公財)日本海事センター専門調査員。研究分野は、国際政治経済学、海運経済。「2013年全国輸出入コンテナ貨物流通調査と近年の傾向」、「欧州航路の市況を取り巻く現状と背景」等の寄稿がある。
本図 宏子(ほんず ひろこ)
大阪大学経済学部卒業。London School of Economics修士課程修了(地域経済学専攻)。国際協力銀行、国土交通省を経て、2014年より(公財)日本海事センター研究員。研究分野は、公共経済学、海運経済。日本海事新聞に「シンガポールの海事産業強化施策について」、「中国ワールド・シッピング・サミットに参加して~経済減速期における中国海運業界の動向~」を寄稿したほか、論文に、「LNG輸送の動向とパナマ運河拡張の影響」(共著)がある。所属学会は日本海運経済学会。
松田 琢磨(まつだ たくま)
筑波大学第三学群社会工学類卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。修士(経済学)。(財)日本海事センター非常勤研究員を経て2011年より(公財)日本海事センター研究員。研究分野は海運経済。「バルク貨物コンテナ化の決定要因について-北米/韓国・台湾航路における金属スクラップ輸入の分析-」(共著)で2014年度日本海運経済学会賞(論文の部)、「コンテナ荷動き量に対する経済指標の影響の持続性」(共著)で2014年度日本物流学会賞(論文等の部)を夫々受賞。ほかに「定期船市場の回顧と展望」、“Containerization of bulk trade: A case study of US–Asia wood pulptransport”(共著)等の論文/寄稿がある。所属学会は、日本海運経済学会、国際海運経済学会(IAM E)、日本経済学会、日本金融学会。
手塚 広一郎(てづか こういちろう)
2000年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を単位取得退学ののち、2005年に一橋大学博士(商学)を取得。福井大学教育地域科学部准教授を経て、現在、日本大学経済学部教授。専攻は、交通経済論・産業組織論であり、主として経済学の枠組みを用いて海運市場などの分析を行っている。所属学会は、日本海運経済学会、日本交通学会、公益事業学会、IAM E(International Association of Maritime Economists)どである。主要業績としては、『交通インフラ・ファイナンス』(共編著)、および‘An equilibrium price model of spot and forward shipping freight markets’(共著、2013年日本海運経済学会「学会賞・論文の部」を受賞)など。本誌においては,2006年の第55集にて「航海用船、定期用船および金融先物取引における価格形成」(単著)を執筆している。
石井 昌宏(いしい まさひろ)
2000年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、一橋大学博士(商学)を取得。2015年より上智大学経済学部(経営学科)教授。専攻は、ファイナンスであり、非完備市場における資産価格形成を主たる研究分野としている。日本海運経済学会、日本金融・証券計量・工学学会(JAF EE)、公益事業学会等に所属し、「非協力ゲームの枠組みを用いた電力取引市場における市場支配力の分析」(共著、2009年公益事業学会「論文奨励賞」)、’Relationship between CAPM-β and market changes in the Japaneseliner shipping industry'(共著、2012年日本海運経済学会「学会賞・論文の部」)、‘An equilibrium price model of spot and forward shipping freight markets’(共著)などの論文がある。
大河内 美香(おおこうち みか)
1999年パリ大学法学部第3課程卒業。2000年東京都立大学大学院博士後期課程単位取得退学。修士(法学、立教大学。高等研究学位(国際法、パリ大学)。現在東京海洋大学海洋科学技術研究科准教授。論文に「国際関心事項及び国内管轄事項としての検疫の位置―国際機関と国家の権限の整序―」(江藤淳一編『国際法学の諸相―到達点と展望―』、信山社、2015年)がある。研究テーマは、海洋法、国家管轄権の競合、大陸棚の境界画定等。日本航海学会、国際法学会、世界法学会に所属。
鶴田 順(つるた じゅん)
2005年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程を単位取得退学し、海上保安大学校講師を経て、2009年より同大学校准教授。2015年より政策研究大学院大学連携准教授。その他、早稲田大学海法研究所招聘研究員、東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科非常勤講師。専門分野は国際法と環境法。最近の海洋法関係の編著作に『海賊対処法の研究』、 論文に「アジアの海における「法の支配」」、「ソマリア海賊事件」、「海上での薬物規制国内法の適用と執行」、「日本における国連海洋法条約の実施」(本誌第62集)、“The Guanabara Case”などがある。2007年に(公財)クリタ水・環境科学振興財団クリタ水環境科学研究優秀賞受賞。所属学会は国際法学会、世界法学会、国際法協会、環境法・政策学会。
恩田 登志夫(おんだ としお)
1981年東洋大学経営学部卒業後、2001年法政大学経営学研究科修士課程修了、現在、法政大学公共政策研究科博士後期課程に在学中。大学卒業後、大韓航空東京貨物支店、日本貨物航空(株)を経て、2002年独立行政法人雇用能力開発機構(現、高齢・障害・求職者雇用支援機構)に入構し、機構内の一施設である港湾職業能力開発短期大学校横浜校に従事。著書に『国際物流の理論と実務』(共著)等。主な論文は、「港湾企業間における請負関係から下請関係への変遷」、「香港・深圳における一体化政策によるスーパー港湾の役割と課題」、「わが国の強みを活かすコンテナ・ターミナル整備の充実-自働化ターミナルへの革新を中心として-」(本誌第62集)。専門分野は、港湾政策、港湾労働、国際物流、ロジスティクス。所属学会は、日本港湾経済学会、日本交通学会、日本海運経済学会、国際ビジネス研究学会。
王 学士(おう がくし)
2008年中国東北財経大学工商管理学部経営管理学科卒業。中国律師(弁護士)資格取得。華東政法大学法学部大学院商法専攻博士前期修了後、来日して2015年東京大学大学院法学政治学研究科商法専攻博士前期を修了し、現在同研究科博士後期課程在学中。専門分野は、商法(特に保険法)。論文に「簡易生命保険契約と保険契約者確定-申込書の住所記載等に基づき保険料出捐者が契約者とされた事例-」、「中国における知的財産保険制度の模索とその発展-専利保険のパイロット事業を中心に-」、「共済契約と反社会的勢力の排除-契約者が暴力団関係者であることを理由とする共済者の錯誤の成否-」がある。国際保険振興会2014年度(第1回)外国人留学生向け懸賞論文(生命保険に関する内容)最優秀賞受賞。所属学会は日本保険学会、比較法学会。
若土 正史(わかつち まさふみ)
1973年 関西学院大学商学部卒業後、東京海上火災保険(株)入社。火災新種業務部・営業推進部・代理店部など本社勤務のほか、広島・横浜・大阪・長崎などの地方支店営業などにも従事。この間、関西学院大学大学院商学研究科MBA取得。東京海上日動あんしん生命(株)LP営業部長を経て、神戸大学大学院経済学研究科博士課程前期課程を修了し、現在同大学院後期課程に在学中。専門は中近世日本経済史。ポルトガルを中心に海上保険史を調査研究のため2013年3月から1年間ポルトガル・コインブラ大学にvisiting scholarとして留学し、その成果を本誌第62集に「ポルトガルにおける大航海時代の海上保険と日本」として発表。2014年再渡航し、ポルトガル及びスペインの古文書館に眠る保険史料を解読。社会経済史学会、日本保険学会に所属。
(敬称略)